『三国志』魏書東夷伝倭人条、通称「魏志倭人伝」には、卑弥呼が”鬼道”を用いて人心掌握して国を統治していたという記録が残っています。
果たしてこの”鬼道”とは何でしょうか?
いろいろな説を考察してみました。
鬼道とは?
鬼道とは、卑弥呼が国を統治する際に用いたとされる方法です。
通称「魏志倭人伝」に記述されています。
其國本亦以男子為王 住七八十年 倭國亂 相攻伐歴年 乃共立一女子為王 名曰卑彌呼 事鬼道 能惑衆
『三国志』巻30『魏志』「烏丸鮮卑東夷伝」倭人条
他に『隋書』でも鬼道についての記述がありますが、微妙に魏志倭人伝とは異なる表現になっています。
しかし『隋書』の倭に関する記述は、魏志倭人伝をベースに隋(581~618年)時代までの内容を付け足していると思われ、誤記なのか付け足しなのかという議論が必要になります。
能以鬼道惑衆
『隋書』俀(倭)国伝
また、後漢書では鬼神道という書き方になっています。
事鬼神道能以妖惑衆
『後漢書』「東夷列伝」倭条
この鬼道というものが具体的に何だったのか、ということは分かっていません。
そのため、いろいろな説が乱立している状況です。
次項からは、各説を考察していきます。
単なる占い説(亀卜占い説)
鬼道とは亀卜占いだとする説です。
『北戸録』で引用している『魏略』の記述には、倭国は大事なことを占いで決めているという記載があります。
「魏略曰高句麗…(中略)…
『北戸録』 卷2 鶏卵卜
倭国大事輒灼骨以卜先如中州令亀視坼占吉凶也」
「坼」という字は裂けるという意味です。
古代中国(殷王朝の頃)では、亀の甲羅を焼いてできた裂け目を使って占いする亀卜(きぼく)という文化が存在したようです。漢の時代には廃れ始め、唐時代にはこの文化は廃れていたとされています。
現状日本で見つかっている最古の亀卜の例は、神奈川県三浦市の間口洞穴遺跡で出土した古墳時代後期のものです。
占星術説
鬼道の「鬼」とは星のことを指し、占星術ではないのかとする説です。
事実かどうかは議論の余地があるものの、鬼と星は密接な関係があるとされています。
中国での『鬼』の意味
まずは中国での鬼という漢字の意味を考えてみましょう。
中国語で鬼はグゥイ(拼音: guǐ)と読み、死霊や霊魂の意味を持ちます。
日本での幽霊に近いニュアンスだとされています。
日本でも人が死ぬことを「鬼籍に入る」と言ったりすることから、鬼は死と関連する漢字だと言えます。
また、日本に限らず世界のいたるところで、死人は星になるというような考え(宗教)を持つ文明は存在しています。
星と鬼は共に、死と関連する漢字だと考えることができそうです。
鬼と星の名前は似ている
実は鬼と星の名前の漢字は似ています。
鬼の名前にも星の名前にも、鬼部(おに・きにょう)という部首が使われることが多いのです。
と言っても、ほとんどは常用漢字外になっていて使用頻度が低い漢字群であるため、漢字の意味が本当に鬼や星のことを指すのか?というところから議論が必要です。
鬼の名前
中国の漢字辞典等で検索した結果、「鬼名(鬼・幽霊の名前)」と記載されている漢字を集めました。
ただし常用される漢字ではないため、具体例などはほとんど見つかりませんでした。
特に※部分は、当サイト管理人が調べる限り、漢字辞典以外で使用例がないものです。
漢字 | 意味 | 引用元 |
---|---|---|
鬽 | 化け物、妖怪 | 多数の文献で使用されている |
𩲎 | (※鬼の名前らしい) | 『康熙字典』 |
𩳒 | (※鬼の名前らしい) | 『玉篇』、『集韻』、『五音集韻』、『康熙字典』 |
𩳓 | 悪霊、邪悪な霊的存在 | 『康熙字典』 |
𩴇 | (※鬼の名前らしい) | 『集韻』、『五音集韻』、『字彙補』、『康熙字典』 |
𩳃 | (※鬼の名前らしい) | 『集韻』、『康熙字典』 |
𩴉 | (※鬼の名前らしい) | 『康熙字典』 |
𩴒 | (※鬼の名前らしい) | 『集韻』、『五音集韻』、『康熙字典』 |
𩴠 | 鬼 | 『玉篇』、『集韻』、『康熙字典』 |
𩴻 | 雷鬼 | 『集韻』、『五音集韻』、『康熙字典』 |
玉篇という部分については、『玉篇』という543年に編纂された中国の部首別漢字辞典からの引用です。ただし、『大広益会玉篇』という後年の1013年頃の重修による付けたし部分の可能性もあります。
集韻という部分については、『集韻』という1039年頃に宋代の中国で作られた韻書(漢字辞典のようなもの)からの引用です。
五音集韻という部分については、『五音集韻』という1210年頃に完成した中国の韻書からの引用です。
字彙補という部分については、『字彙補』という1666年完成の中国の字典からの引用です。
康熙字典という部分については、『康熙字典』という1716年頃完成した中国の漢字辞典からの引用です。
星の名前
鬼名と同じく、中国の漢字辞典等で検索した結果、「星名」と記載されている漢字を集めました。
ただし常用される漢字ではないため、具体例などは見つかりませんでした。
特に※部分は、当サイト管理人が調べる限り、漢字辞典以外で使用例がないものです。
漢字 | 意味 | 引用元 |
---|---|---|
鬿 | 「九鬿」はいわゆる北斗九星を指す | 多数の文献で使用されている |
𩲌 | (※星の名前らしい) | 『玉篇』、『五音集韻』、『康熙字典』 |
𩲃 | 北斗七星の一部 | 多数の文献で使用されている |
魓 | 北斗七星の一部 | 多数の文献で使用されている |
𩳎 | (※星の名前らしい) | 『玉篇』、『五音集韻』、『康熙字典』 |
𩳐 | 北斗七星の一部 | 多数の文献で使用されている |
𩵄 | 北斗七星の一部 | 多数の文献で使用されている |
魒 | 北斗七星の一部 | 多数の文献で使用されている |
𩲨 | (※星の名前らしい) | 『玉篇』、『五音集韻』、『康熙字典』 |
魁 | 北斗七星の一部 | 多数の文献で使用されている |
䰢 | 北斗七星の一部 | 多数の文献で使用されている |
なお、神祇伯家行事傳では北斗七星を「魁𩲃𩵄䰢魓𩳐魒」と表現しています。
また北斗九星とは、北斗七星とその周辺の二星を含めた星列のことです。
鬼と星は近い
『漢書』「律暦志」に登場する二十八宿と十二次を見ると、鬼と星が近くにあることが分かります。
二十八宿と十二次の対応表を見ると、南側に鬼、柳、星と並んでいます。
方向だけで近いと判断できるものではないですが、鬼と星は近いものと言える根拠の一つにはなり得るでしょう。
※図の赤・緑部分は当記事とは無関係です
また、平安時代の有名な陰陽師である安倍晴明は五芒星(または六芒星)を祈願呪符として使用していたとされています。
陰陽師は、鬼・妖怪を退治することも仕事の一つであったようです。(伝説要素が強めですが…)
以上から、鬼道は星を使った占い(占星術)ではないかとする説です。
鬼と星は密接な関係性?議論の余地アリ。
また、姿を見せなかった(外に出なかった?)卑弥呼がどうやって星を観測していたのかは疑問。
初期の道教説
『魏志』張魯伝、『蜀志』劉焉伝に五斗米道の張魯と「鬼道」についての記述があり、そこから卑弥呼の鬼道は後漢時代の初期道教と関係があるとする説です。
魯遂據漢中、以鬼道教民、自號師君。其來學道者、初皆名鬼卒。受本道已信、號祭酒。各領部衆、多者爲治頭大祭酒。
『魏志』張魯伝
張魯母始以鬼道、又有少容、常往來焉家、故焉遣魯為督義司馬、住漢中、斷絶谷閣、殺害漢使。
『蜀志』劉焉伝
神道説
神道であるとする説。神道の起源はとても古く、日本の風土や日本人の生活習慣に基づき、自然に生じた神観念であることから、縄文時代を起点に弥生時代から古墳時代にかけてその原型が形成されたと考えられています。
儒教にそぐわない体制説
「鬼道」についてシャーマニズム的な呪術という解釈以外に、当時の中国の文献では儒教にそぐわない体制を「鬼道」と表現している用法があることから、呪術ではなく、単に儒教的価値観にそぐわない政治体制であることを意味するという解釈です。
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