卑弥呼没頃の日食 ～岩戸隠れ伝説～

卑弥呼が没したとされる頃、日本の一部では日食が観測できたとされています。
以下の２つの日食について調査しました。

・247年3月24日の日没頃に北九州で観測できた日食について
・248年9月5日の早朝に能登半島～東北南部で観測できた日食について

日食とは

日食とは、月が地球と太陽の間を横切る際に起き、地球から見た太陽の像が完全または部分的に隠れる現象のことです。

以下は2019年にチリで観測された、昼に皆既日食が起きた時の様子です（日本テレビ公式youtubeより）。
完全に隠れる場合、夜と同じくらい暗くなることが分かります。
逆に、少しでも太陽が覗くと空はそこそこ明るいことも分かります。

岩戸隠れ伝説

日本の伝説の一つに、「岩戸隠れ」と呼ばれる、日食を伝説化したとする話があります。
他に、「あまのいわと」「あめのいわと」（いずれも天の磐戸、天岩戸、天石戸などと書く）と呼ぶこともあります。

卑弥呼と日食の関係

先述の岩戸隠れ伝説において、天照大神は卑弥呼のことではないかとする説があります。

卑弥呼は”鬼道に仕えて民衆をよく惑わす”など巫女・シャーマンのような働きをしていたと考えられています。
その卑弥呼が亡くなった直後に日食が起きたことで民衆が恐れた、あるいは、日食が起こったことで卑弥呼の巫女としての力が弱くなったとみなされて殺された(クーデターが起きた)ことを伝説の話として人々が継承していったとする考えです。

卑弥呼は242～248年頃に没したとされています。
この間に、日本で見ることができた日食は247年と248年の2回あります。
そして、現代科学ではその日食をある程度シミュレーションすることが可能です。
ただし日食時の天候までは分からないため、日食が起きているからと言って観測できた保証はありません。

過去の日食データの正確性

過去の日食データの正確性はやや欠ける面があります。
というのも、天文学は未知の部分が大きい分野であるため、証明できず仮説の域を出ないものなど不確定要素が多いためです。

例えば地球の自転速度は、月との間に働く潮汐力などいくつかの要因で早くなったり遅くなったりしています。
当然、自転速度が変われば星などの見え方（動き）もわずかに変わってしまうわけです。

過去の日食を考えるうえで、地球の自転速度やミランコビッチ・サイクルなど、いろいろと計算が必要になってきます。
地球の運動（自転速度・離心率・地軸傾度・歳差運動など）や月の運動を多角的に考慮しなければなりません。
つまり、仮定するデータによって全く違う結果になり得るため、現実に起こった事象との誤差も出やすいことになります。

国立天文台が2010年に発表している論文の中に、247年と248年の日食について以下の記述があります。

(248年の日食の食分である)食分0.9ではあたりは暗くならない。
したがって、どちらの日食も「天の磐戸」日食の候補としてふさわしくない。

https://www.nao.ac.jp/contents/about-naoj/reports/report-naoj/13-34-3.pdf

しかし翌2011年に一部内容を訂正するような論文を掲載しています。

卑弥呼の死の前後と見られる紀元 247 年に、北九州で、皆既または皆既に近い日食があったことは、注目に値する。

https://www.nao.ac.jp/contents/about-naoj/reports/report-naoj/14-34-1.pdf

247年の日食

247年3月24日の日没頃、日本では九州北部付近でのみ皆既日食が確認できました。

なお前提として、地球では西に行くほど日没時刻が遅い、ということを知っておきましょう。
2022年1月1日の日没を例にすると、東京都の日没は16時39分、福岡県では17時22分と約40分も異なっています。

九州(福岡)

247年の日食は、九州北部で日没間際に観測可能でしたが、それ以東の地域ではすでに日没しており観測することができません。
こうした太陽が欠けつつ日没する日食のことを、日入帯食と言います。

下図は247年3月24日の九州北部(福岡県夜須高原あたり)で見られたと推測される日食データです。

	観測地の時刻	食分
部分日食開始時刻	17時35分01秒	ー
観測地で月が太陽と最大まで被った時刻	18時32分57秒	0.991
観測地の日没時刻	18時31分41秒	0.982

最大食分は観測地時刻で18時32分57秒ですが、18時31分41秒に日没するため観測できません。
よって、日没時刻が観測可能な最大食分ということになりますが、その食分は0.982となっています。
(ただし、過去の日食データは先述の通り数値は鵜呑みにできず、いくらかの誤差を考える必要があります。)

食分の値は、0は太陽と月が外接した状態、0.5では太陽の直径の半分が月に隠れた部分日食、1以上になると皆既日食となります。
先に引用した国立天文台の論文によれば”食分0.9ではあたりは暗くならない。”とされています。
0.982はほぼ皆既日食に近い状態であり、誤差を考えると皆既日食だった可能性もあり得ます。

数値の誤差で多少観測時間が変動する可能性もあるものの、日食開始時刻(17時35分頃)から日没(18時31分頃)までは1時間未満で、後述する248年の日食に比べ観測時間が短いことが特徴です。

★日入帯食の様子
太陽が欠けつつ沈むさまは、一種の不気味さがあります。
以下は2010年1月15日の沖縄で観測された日入帯食の様子で、この時の食分は0.6ほどとされます。

近畿(奈良)

現在の邪馬台国比定地論争は大きく九州説と畿内説の2つに分かれるため、念のため247年の奈良県での観測情報も掲載しておきます。

	観測地の時刻	食分
部分日食開始時刻	17時38分58秒	ー
観測地で月が太陽と最大まで被った時刻	18時35分00秒	1.001
観測地の日没時刻	18時13分52秒	0.624

奈良県では日没時の食分が0.624で部分日食になります。
ただし仮定するデータで誤差が出るため、仮定次第では現実に起こり得るデータ範囲内で、奈良県でもギリギリ皆既日食が見れると論することは可能です。

248年の日食

248年9月5日の日の出直後、日本では能登半島～東北地方南部付近でのみ皆既日食が確認できました。
247年とは逆で、248年の日食は日の出の直後です。
日の出前に日食が始まり太陽が欠けたまま昇る現象は、日出帯食と言います。

そのため247年のデータと異なり、248年のデータは部分日食の最後の時刻と日の出時刻が重要になります。

能登半島

まずは能登半島のデータを見てみます。

	観測地の時刻	食分
部分日食終了時刻	6時51分02秒	ー
観測地で月が太陽と最大まで被った時刻	5時49分29秒	0.999
観測地の日の出時刻	5時23分27秒	0.550

早朝5時23分に日の出となった時にはすでに食分が0.55となっており、5時49分頃に皆既日食となった後、日食が終わる時刻は6時51分頃となります。
先述の通り数値の誤差を考慮しても、最低1時間以上は日食状態であったと考えられます。
247年に比べ日食観測時間は長いことが特徴です。

東北(岩手)

248年の皆既日食帯は東北地方南部(福島県付近)とされているが、これも仮定するデータで誤差が出ます。
邪馬台国の比定地説の1つに岩手・八幡平説というものがあることから、ここでは東北地方を代表して、東経140.8度、北緯39.9度にある八幡平での皆既日食データを参照します。

	観測地の時刻	食分
部分日食終了時刻	6時54分50秒	ー
観測地で月が太陽と最大まで被った時刻	5時51分53秒	0.933
観測地の日の出時刻	5時06分04秒	0.210

早朝5時6分頃の日の出時点では食分0.21と能登半島に比べ、かなり低い値となっています。
その後5時51分頃に食分が最大の0.933となったのち、6時54分頃に日食が終わります。

理論上は、だんだん太陽が欠けていく様子を約45分かけて観測できたと思われます。
この長い観測時間に加え、八幡平は標高1600mほどの高原台地で見晴らしが良く、日の出を地平線近くから観測できた可能性があることを踏まえると、247年のデータを含めても最も”だんだん太陽が欠けていく様子”を観測できた可能性があります。
一方で、誤差があり得るとは言え、最大食分が0.933と皆既日食と呼ぶには少々物足りない気もします。

近畿と九州

現在の邪馬台国比定地論争は大きく九州説と畿内説の2つに分かれるため、念のため248年の九州北部と奈良県での観測情報も掲載しておきます。

九州北部では、最大食分が5時47分頃に起こるのに対し、日の出が5時52分頃と、すでにピークを過ぎてから日が昇ります。
日の出時の食分は0.873でやや高めです。

奈良県では最大食分が八幡平と似たような0.939という値になります。
一方で、日の出時にすでに食分が0.704と高く、太陽が欠ける過程を観測できる時間が15分程度しかありません。

日食データ計算方法

本ページの日食データは、『古天文の部屋』様から、Windows版 日蝕ソフトEmapWin(Ver3.6)を使用させていただきました。

他に当時の天文データを参照する方法として、天文シミュレーションソフトウェア「ステラナビゲータ」やNASAの日食サイト「Solar Eclipse」などがあります。